どうもUGです。

昨日書いた記事が思っていた以上にたくさんの人に読んでもらって少し驚いています。

普段の他の記事のPVと比べ桁が一つ変わりました。

1年で200曲作ってオーディションに送るも評価されない生活を2年くらい続けた結果

たくさんの人に共感してもらえたことが本当に嬉しい限りで、

わざわざツイッター上でコメントをくれたり

本当にありがたいことです。

 

読んでもらったことはめちゃめちゃ嬉しいのですが

「なんでこの記事はこんなに読まれたのだろう」

という疑問も生まれました。

 

ブログには読まれるためのテクニックがありますが、

そんなものを意識して書いてはいません。

むしろそういうのを意識して書いた記事は

全然読まれない。

 

では何が違うのか?

 

いろいろと考えて思ったのは

「すっぽんぽん」になったからでは?と思いました。

 

今日は何気なしに書いたブログで気がついた

すっぽんぽんな経験は読み物として面白いのでは?

という仮説について深掘りしてみたいと思います。


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裸(失敗をさらけ出す)は恥ずかしい

[1年で200曲作ってオーディションに送るも評価されない生活を2年くらい続けた結果]

というのは成功体験か失敗体験かでいうと失敗体験でした。

落ちまくった当時はその事実を明るく振る舞いながらも受け流すようにしていましたが、

全然相手にしてもらえないことについて

心の奥底では「惨めだなー」とか「情けないなー」とか思っていました。

 

私はおちゃらけた性格ゆえにどちらかといえばムードメーカー的な

立ち振舞をしてきたので多少人から馬鹿にされたような

笑いを集めることには抵抗はありませんが、

心の中では人から「すごい」と思われたい

という気持ちは自分のプライドを安く思われたくないという気持ちでもありました。

 

なので失敗体験と思っていたことについては

うまく文章化できなかったりもしました。

(する気になれなかった。という方が正しいかも)

裸で踊ろるのは恥ずかしい…けど

[1年で200曲作ってオーディションに送るも評価されない生活を2年くらい続けた結果]

というのはそれだけやっても何も得られなかったという事実の公開なので

実は正直かなり恥ずかしい過去でもありました。

心情としては

 

すっぽんぽんになってそっから踊りだすみたいな世界ですw

 

何かの罰ゲームか?みたいな世界

 

腹をくくらないと勇気がいる世界w

 

 

でも、少し前に次のようなブログを書いていました。

誰よりもヌルい気持ちで[1ヶ月間]夢を100個書き出し続けてみた

なぜこれを書いたかというと、

単に毎日記事を更新したかったから、

ではなぜ更新したかったからというと3年で100PVを目指していてる自分に

掲げた目標が毎日ブログの更新だったからです。

 

しかしネタが思いつかない状態だったので

とりあえず書いたわけですが、

しかし夢を100個さらけ出すってよくよく考えたら

結構恥ずかしいんですよねw

だって今年バカボンのパパと同い年になるおっさんがですよ!?

夢100とか何いってんの?感じですよ。世間的にはw

 

しかし書いちゃったw

 

で、書いてしまったら自分の中でこんな声が聞こえました

 

「もう自分のアホな夢を人前にさらけだしちゃったら

恥ずかしいものなんかないんじゃない?」

 

これは悪魔の声なのか天使の声なのかw

 

この恥ずかしさ例えるなら

 

彼女のために作ったラブソングを駅前で

「これ俺が彼女のために作った究極のラブソング

聴いてください「フォーエバーラブ!」みたいな感じです。

 

頭から火ふきますってw

 

何かが良い意味で壊れましたw

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思っても見なかった反応

[1年で200曲作ってオーディションに送るも評価されない生活を2年くらい続けた結果]

を読んでくれたたくさんの人から

「勇気がわきました」というこメッセージをいただきました。

 

驚きました。なぜ勇気がわくのか???

 

しばらく考えたのち

 

「失敗しても続ける人間の姿は面白い」

「失敗って誰かの背中おせる」

 

のではないかということ。

 

わかりやすくいうと

ホリエモンさんが捕まって刑務所に入った。

そこでの経験は立派なコンテンツとして今でも機能しているし

ホリエモンさんの魅力の一つにもなってますよね。

これと似たもんだと思うんです。

ホリエモンさんの場合は行動することで出てくる結果の質も量も

桁違いなのがすごいわけですが…

 

ちょっと前まで結果も出せない失敗した人間がえらそーに語るなんて

何いってんだよ!って思いましたが

違いました。

そもそも何をもって結果とするなんか人それぞれです。

たしかにその結果が社会的に認知されやすものかどうかで

評価は変わるかもしれませんが、

なんにしても失敗は強烈な共感を作るコンテンツであることに

かわりはありません。

 

失敗でさらす恥なんて一時的なもの。

この言葉よく聴いていましたが、やっと理解できました。

 

だから、これからもアホな挑戦はしたいし、

死ぬまで失敗続けてやろうと思いました。

 

そしてまだまだ書いていない失敗談もあるので、

それもいっぱい書いてみようと思いました。

 

失敗経験はデカさではなく解釈

こういう失敗談って結構How to本とかでは当たり前のように書かれてたり

するんですよね。

でもそういうところの失敗談って

「私はそんな経験していないからなー」とか思ってたんですが、

失敗はデカさではなく、本人がそれをどう解釈しているか

っていうところが重要なのではと思います。

 

例えば

「DTMセット始めるのにバイトをしまくって20万円でフルセット揃えたけど

1年経っても一曲もできなかったけど、3年続けたら一年に10曲かけるようになった」

という行動成果を持っている人は

一曲もかけずにもがいている人には十分刺さる成果だと思うんです。

だってDTMはじめたけど一曲も書けない人の方は結構いるんですから、

 

それは少ない人にしか刺さらないかもしれませんが、

きっと誰かには刺さる。

そう思える(信じられる)かどうかだと思います。

 

私はどのブログも誰か1人でもいいから刺さる!

という気持ちを信じて書いています。

でも、自分の自信のなかったことがこれほど

刺さるとは思っていませんんでした。

 

今、DTMブログやどんなブログでもいいです、

一番刺さるコンテンツは失敗コンテンツです。

それも客観的にみて「アホっぽいな」と思えれば

思えるほどいいのではないかと思います。

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さいごに

なんか自己ブログ解析みたいな話になってしまいましたが、

とりあえずはこのブログを読んで

「そっか、こんな程度でいいのか!?」と思って

自分の経験を振り返って、その経験と今のつながりを

書くことで読み物としては面白いものができるような気がしています。