日記

ローランド創業者梯郁太郎は戦後のホリエモンだった

投稿日:

728x90

ArturiaのJP8について書くつもりだったけど、

JP8について調べているうちに創業者の梯郁太郎が実に時代を先取りした

思考を持っていた人なのでそのことについて書いてみたいと思います。

修行はいらん。技術習得に長い年月にかけてられない

戦後の日本で16歳の梯郁太郎は腕時計や置時計の産業が誕生していないことに目をつけます。

そして時計修理店のアルバイトを見つけるも伝統的な日本の組織の在り方として

弟子入り見習いに7年かけなければいけないことに苛立ちを感じ、数ヶ月でやめてしまい

独学で修理方法を身に着け”かけはし時計店”を開業する。

すごい、これ戦後ですよ!!

随分前にホリエモンが

「寿司職人が何年も修行するのはバカ」

といって物議を醸し出していました。

ちなみにこの考え方の反論の1つに「バカだから修行しないといけない」という意見がありましたが

それは「時間をかければなんとかなる」と思っているからでしょう・

時間をかけることで生まれる深みの存在は否定しませんがそれは修行期間に生まれるものではないと

私は思います。人前に出てから深みを目指すべきです。最低限人前に出られる

スキルを身に着けたらとっとと出てしまうべきだと私は思います。

どこに時間をかけるべきかそこを理解しているかどうかが優れた起業家の資質なのでしょう。

梯郁太郎もホリエモンも考え方のベースは同じように思います。

時代の寵児と言われ「考え方が新しすぎる」なんて言われていましたが、

それよりはるか前に

タブーとされる習慣の無駄と「何に時間をかけるべきか」ことについて考え行動していた

梯郁太郎という人物はやはりすごい人間だと思います。

スポンサーリンク

ad

強運の持ち主

20歳で結核を患い重症であったにも関わらず入院先の病院で

ラジオや時計の修理をしながら薬代や食事代を稼いでいたがさらに症状が悪化するも

新薬であるストレイプマイシンの被験者に選ばれそこから劇的に回復する。

 

もし、被験者に選ばれていなかったら日本のシンセサイザーはここまで発展してなかったでしょうし、

MIDIという規格の誕生ももっと後だったかもしれません。

そうなると、世界の音楽は今ほど発展していなかったのではないかと思います。

しかし、個人的に思うのはこれ幸運だったのか、それとも医師が「何かしら特別な配慮」でも

したのではないかと思ってしまいます。もしそうであれば、その医師の功績はすごいものですね。

あくまで想像のお話ですがw

音楽(シンセ)は趣味だった。

バロック音楽とくにオルガンサウンドに魅了された梯郁太郎は

「おれもオルガンやってみたいわー」と思い簡単なオルガンを作ります。

この辺りは技術やの思考と行動ですね。

ですが、簡単な電子オルガンは正直使える代物ではなかったそうです。

しかし、趣味をライフワークにしようと思いローランドの前身

エース電気株式会社をつくり1964年にデジタルパーカッションと単音電子楽器を

NAMMショーに参加。

趣味を仕事にする…

最近でこそ認知され始めたこの流れも梯郁太郎はすでにやっていたのだから驚きです

スポンサーリンク

ad

さいごに

このあとエース電気株式会社は紆余曲折を経てローランドを設立するわけですが、

趣味を仕事にし様々なシンセを作りMIDI規格を作るなど電子音楽の礎を作ったわけです。

成功した人に共通するものは価値観にとらわれず「好きなことをやる」ということ

これは時代が変わっても人の行動を促す本質なんですよね。

 

ad

ad

-日記

Copyright© 96bit-music , 2018 AllRights Reserved.