どうもUGです。

何か新しいことに挑戦するためにとても熱心に勉強や練習をする人が多いです。

見ているととても素晴らしいことのように思うのですが、

今ひとつ結果に結びつかないことが多いように思います。

その理由を考えてみたいと思います。

準備運動中毒者

 

例えばライブにでるためにギターを一日何時間も練習する人がいます。

問題なさそうに見えますが、これは準備運動中毒者と同じです。

ライブにでるために必要なのはギターの練習ではなくライブやイベントに申し込むことです。

「いつかたくさん人がいるライブでかっこよく演奏するための」の練習が実ることは有りません。

「実は過去に出場したけど途中で間違えて…だからやっぱり準備運動を」

言う人がいますが、

自分のレベルにあった曲を選択したのか?

そのための準備をする時間は会ったのか?

そもそもその曲を選択した理由

など準備運動とは関係ありません。

簡単な曲も演奏できない人が難解曲を「なぜ演奏できないのか」という原因は存在しません。

基礎練習は無駄なく身体を動かすためのものであって、

それをしたからといって上手くなるというものではありません。

では何故そういう人は基礎練習中毒者になるのでしょうか?

「なんとなくでも成長している気がする」

何もしないよりはしている方がまし。という考え方だと思います。

たしかに何もしていないようりはマシでしょうが…

そのマシで何をしたいのかを考えてみることが重要です。

うまくなりたいならやり曲をひたすら練習しつづけるほかありません。





終わらせる

初心者DTMer以外も楽しめる仰木日向の作曲少女は新しい理論書

この中でも書かれてる「とにかく終わらせる」これ以上の真理は存在しないです。

ライブに出てみて初めていろいろな世界が見えてきます。

しかしその「いろいろな世界」をみるためには「終わらせる」という

ひとつの結果を作らなければいけません。「終わらせる」文字通りピリオドをうって

からやっと「続けるかどうか」という選択肢が現れます。

続けるためには終わらせる…とんちみたいな世界ですが、大切なことです。

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さいごに

 

私も若い頃は準備運動中毒者でした。

曲も作らずに毎日「こうすれば作曲できるようになる!」という本ばかり読んでいた時期がありますが、

曲はかけるようになりませんでした。

そこでとりあえず人にきかせるわけでもないから一ヶ月に10曲は作るという

課題を決めて続けた結果、ゲーム会社に入れたり、コンクールで賞をもらえたりするようになりました。

これは準備運動中毒者のままでは無理だったと思います。

下手でもいいので一歩踏み出してやりたいことをどんどん進めていきましょう。

下手くそだっていいじゃない!ですよ