DTMerが成長を実感できない原因「がむしゃら思考」の正体とは

「今の努力は必ず実る!間違いない!」このように思えるのは素晴らしいです。多くの人がこのステージにたどり着く前にやめてしまいます。しかし、その努力は本当に努力でしょうか?単なる「がむしゃら」な状態ではないでしょうか?

もし、「がむしゃら」になっているだけなら一度冷静になることで今の努力の1/10でやりたいことができるようになる可能性があります。

がむしゃらにやってはいけない理由

がむしゃらとは「向こう見ずにむちゃくちゃに物事をするさま」という意味です。

いかにもすごい努力をしているように感じるかもしれませんが、がむしゃらになっているときは冷静な視点を失っていることが多いので、思ったより成長できません。そしてやっかいなのは「がむしゃらな状態」とは自分の努力に酔いしれいている「努力の自己陶酔」状態と言えます。

頑張ると一定の満足度を得られるので、苦しみにも意義を見いだせます。

ですが、「これだけやっていれば必ずうまく行く!」と何の根拠もない状態での努力を続けることになっていてもわかりません。もちろんその努力がすべて無駄ということではありません。努力のベクトルがあっていればがむしゃらに進むのは問題ありません。

しかし、努力のベクトルが間違っていたら間違った方向に全力で進むだけです。

道を見失うと今度は「我慢だ!今は我慢だ!」と我慢信仰がはじまりますが、この我慢信仰も1つ間違えると闇コースを突き進む可能性があります。

9割の人が知らない努力と我慢の違い「我慢」は闇の世界だった!

正しいベクトルの見つけ方

客観的視点

自分が正しいかどうかは一人ではわかりません。そういうときに必要なのが第三者の客観的な意見です。友人知人、サークル、サロン、なんでも構いません、

話は少し変わりますが、フィギュアスケートなプロのアスリートには優秀なコーチがついています。技術だけで言えば現役の方がはるかにできるわけです。金面ダルをとるのもアスリート本人です。ですが、アスリート自分を客観的にみることができません。自分のすべての動きにすべての神経を集中しているからです。

しかしコーチは「最良の結果」のためにアスリートが気づいていない点を指摘できます。トップになればなるほど客観的視点はもつことが容易ではないのです。

コーチはアスリートが「ただがむしゃら」にしているのか「冷静な努力」をしているのかを見極め、アドバイスするのがコーチの役目です。

話を戻すと、私達は自分のやっていることを冷静に見ているようで全然冷静ではなく、がむしゃらになっていることの方が多いです。とくにミュージシャンやDTMerは他人からのアドバイスを純粋に受けいられる人は少ないです。

物作りとは自分との葛藤でもあり、作り出されものはある意味で自分の分身とも言えます。それに対して、アドバイスをされようものならば、「お前に俺の何がわかるんだ!」ってなってしまうのはみなさん一度や二度は経験したことがあるのではないでしょうか?

一人で頑張っている自分に酔いすぎて他人の声がうるさくて仕方ない。もちろん自分のことを思ってくれている人もいるのですが、がむしゃら状態を自分でやめようとしない。今振り返るともったいないことだらけです。みんな「あのときこうしていればもっと…」となるときに必ず誰かの影があります。

大切なのは他人の声から「自分の目標」を修正できる余裕を作っているか?です。このためには冷静な判断が必要であり、それには正しい目標を意識を持ちわせている必要があります。

その客観的視点をより精度の高いものにしてくれる考え方として「良い質問の仕方」が重要になります。

悩みを解決!DTMerが絶対身につけたいおきたい「質問力」とは

正しい目標

正しい目標とはかなり抽象的な表現ですが、自分今何をしたいのか?という最低限の願望です。大きすぎる目標を立てると飲み込まれてしまう人がいます。目標に飲み込まれるてやりたいことを失うのは本末転倒です。

ミュージシャンになりたい、プロの作曲家になりたい。こういう気持ちは良いですが、そのために今何をするべきなのか?今のままで大丈夫か?という視点を常に持ち合わせておくことで、ベクトルが間違った方向に向くのを防いでくれます。

これは独学者に多くおこる問題です。正しい目標は自分ひとりで見つけるのは難しいという前程を抑えておくと、失敗しても必要以上に落ち込まなくてすみます。

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他人の声が間違っていたら??

アドバイスはしてほしいけど「それが間違っていたらどうしてくれんの?」という疑問を持っている人はかなり頭の良い人です。当然そうなることは多々あります。しかし勘違いをしてはいけないのは、それを選択して行動するのはあなたであるということです。

つまりそれが正しいかどうかはやってみないとわからないわけです。逆にやってみたからわかるということはたくさんあるわけです。

他人の声が間違っていると思ったら無理してやる必要はありません。「自分は冷静だ!がむしゃらになんかなっていない」と思うのであれば何も問題はないですし、誰からも非難される問題でもありません。

ただ、もし今の自分が迷っていて一人で解決できないのであれば、他人の声に自分の耳を傾ける勇気を持つのは悪いことではないと思います。

さいごに

がむしゃらになるのではなく冷静の努力する。これが目標に最短で達成できるための行動指針です。

このブログは今年中に100万PVを目指しています。しかし今のままではおそらく無理だということに気が付きました。その理由の1つがとにかくがむしゃらにやっていればその努力が実ると思い込んでいた部分にあります。

しかし、ブログ仲間からの客観的な視点で今の行動ではなくもっと最適な方法があるという提案が毎日更新をやめてより1つ1つの記事の専門性を追求するという方法でした。

作曲もブログも孤独な作業です。そのために一度はじめてそれが継続し始めた努力の行動の旗はおろしにくい状態です。「ここまでやったのにやめちゃうの?」という感じです。

しかし、それが自分のやりたいことに今の行動が直結していないのであれば、それは無駄な努力になります。それを理解できたので、ちょびっと勇気がいる話ですが、一旦毎日更新をストップします。

だからといって一ヶ月に一本とかそういう話にはならないので安心してください。

今後さらにブログの記事は熱く濃いものになっていくことをお約束します。

成長とは何かができるようになったことではなく今までの価値観を変えることできた瞬間です。すぐにできなくても価値観を変えてしまえば、そこから出来るために必要な行動をとれば出来るようになります。

今自分がやっているのは「がむしゃら」なのか「冷静な努力」なのか、この記事をきっかけにちょっとだけ振り返ってみるのはいかがでしょうか?