100冊買っても作曲が上手くならない間違った教則本の使い方

みなさんはどくれいの教則本を持っていますか?10?100?私は100冊くらいはあると思いますwしかし、たくさん持っていれば良いという話ではありません。ちなみに、その教則本は有効的な使い方をしていますか?気がついたら意味もなく教則本を買い漁っている…なんてことありませんか

間違った教則本の使い方ではDTMの技術は何一つあがりませんし、最悪、教則本沼に入り気がつけば集めるだけの毎日が始まります。では間違った教則本の使い方とは何か?

それは、「書いてあるこをベース知識に出来ない」です。つまり書いてある事例はあくまで事例であって「それが正解」なのではありません。その事例と自分が好きな曲などを照らし合わせて「ほんとだ、たしかに自分が好きな曲もそうしてるな!」と確認をして初めて知識として定着します。ただ読んだだけでは人はすぐに忘れてしまいます。

今日はそんなことにならないために間違った教則本の使い方についておはなししたいと思います。

教則本にお手軽な作曲方法を求めてしまう。

教則本には二種類あります。理論について書かれている本と即席で使えるネタ集的なもの理論書は文字通り、作/編曲の意図を説明するためのものギターやキーボード、フレーズやコードのボイシングなど書かれており、それらを使うことで初心者でもそれなりの音楽を作る手助けができます。「プロがほしかる100のフレーズ」とか「お手軽簡単フレーズ100」とかそういう「これをやっとけば良いよ」というタイプのそれらネタ集的なものです。

今回間違えた教則本の使い方としてあげるのはこのネタ集の方です。作曲の敷居がここ数年で随分下がったのは機材の進化とネタ集的な本が要因となっているのでは思います。簡単便利なネタ集は今や大人気で、有名無名に関わらず様々な著者によって書かれています。

私が音楽をはじめたころは今ほど教則本はありませんでした。しかし、知識もなく音楽のおの字も知らなかった私は、そういうたぐいの本を読みまくりました。確かに、知らない段階ではある程度の知識は必要です。しかし、ある程度知識がついた段階でも自分は人より音楽を知らないというのがコンプレックスになって、さらに教則本を買い漁るようになります。

恥ずかしながらいまでも、そういう視点で教則本を探してしまうことがありますが、最近はどうすれば自分の経験を音楽で表現できるか?という視点の方が大きくなってきたので、教則本に頼ろうとはしなくなりつつあります。

教則本には答えはありません。そもそも音楽自体に解答がないわけですから、教則本に乗っているのはあくまで「一例」です。あまりにも一例が細かくありすぎてその一例を組み合わせるだけでも音楽は作れてしまいます。しかし、そういう本ばかりに頼って作る音楽はあなたのオリジナルといえるでしょうか?

使用するにも明確な意図があれば良いのですが、即席ラーメンを作るかのごとく教則本を使用することで作られた曲はすぐに飽きられると私は思います。理由は、自分で悩んで考え抜いて絞り出して作った曲には熱量があります。その熱量こそが曲に臨場感をあたえます。聞き手はそういうものを求めていると思っているからです。

「いや、別に聞き手はそんなんわからんよ」と思う人もいると思います。では、そういう思考で音楽を作る理由はなんでしょう?そういう作り方もその人の個性かもしれませんが、同じ作るなら私は自分の中から絞り出した感情で作った曲に臨場感が生まれ、それを聞いてくれた人と共感できる音楽を作るほうが楽しいような気がします。

次々と新しい本を買ってしまう

何冊も教則本に手をだしてしまう人は教則本のタイトルに踊らされています。自分の曲で他人を躍らせるべきなのに、教則本のタイトル自分が踊ってしまってどうするの?ってことです。「これを読めばもっと良い曲がかけるはずだ」「この本こそ自分が求めていたものだ」この考えが一冊で我慢できず二冊、三冊と教則本が増えていく理由です。教則本にはパンチがあり、中毒性があります。読んでいるだけで賢くなった気がします。

しかし、賢くなることは目的ではありません。そこに重きを置くと、頭でっかちな知識収集家になるだけです。あなたの目的は知識収集家ですか?あなたにしか作れない音楽を作ることではないのでしょうか?

作曲(アウトプット)しない

最大の問題は教則本を買っても作らないということです。さきほども書いた「頭でっかちな知識収集家」になってしまうと、「これだけの知識(教則本をもっていれば)あればいつでも曲を書ける」と思ってしまいます。しかし、そういう人は曲をかきません。自分の中の音楽を追い求めずに他力本願の作り方を続けた所でDTMは楽しくありません。

DTMによる作曲は楽しいものですが、それでも自分の中のオリジナリティと向き合う瞬間はちょっとだけ難しかったりもします。「なぜ、できないのか」「〇〇のパクリになってしまう」「どうすれば自分にしかできない音楽を作ることができるのか」こだわり始めた瞬間こそがオリジナル音楽つくれる瞬間でもあります。

「◯◯があれば◯◯できる」というのは逆を言えば「◯◯がないと◯◯しない」ということにもなります。身についた知識を有効活用する癖をつけないと、あなたの本当のオリジナルを作るのは難しいでしょう。

教則本をパラパラめくって叶えられるほどあなたの作曲の熱量は低いものですか?声に出しては言えないけどめっちゃ熱い情熱心の中にあったりしませんか?自分が作りたいのは自分の経験したことを形にした音楽ではないでしょうか?そうやって作った曲をきいてもらった曲の「いいね」と教則本の寄せ集めできた曲のいいねとどっちが嬉しいですか?

教則本が悪いという話ではないですよ。教則本にしか頼らない音楽の作り方が楽しいかどうかというお話です。

さいごに

教則本にお手軽な作曲方法を求めてしまう。次々と新しい本を買ってしまう作曲(アウトプット)しない何度も言いますが、教則本を読むなという話ではないです。自分の中で考えたうえで教則本を参考にするのが大切という話です。自分の中で考え抜いた音楽で人を感動させられるようになるためには何が必要か?

その意識で教則本を開いてみましょう。今まで見えなかったものが見えてくると思います。

補足

しびれまくるアニソンを作るクリエイター中土智博さんがこんなことを言っていました。

耳が痛い人いませんか?