どうもUG(UG3@96bit_music)です。

努力と我慢という言葉を同じ意味として使っている人いませんか?

どちらも根底には「耐え忍ぶ」という部分はありますが、

努力と我慢では耐え忍び方が異なります。

そして我慢の方は実は結構闇が深いということ

今日は、「なんでオレだけ(私だけ)我慢してるのに

わかってくれないんだー」という人に

我慢がモヤモヤする理由をお話したいと思います。


スポンサードリンク

努力とは?

努力とは自分のしたいことをするための手段(ツール)です。

パソコンや携帯のアプリみたいなものと思うのもわかりやすいかもしれません。

 

たとえば表計算をするのにエクセルは便利ですが、

正しい使い方を知らないと無駄な時間もかかりますし、

間違える可能性も大きくなります。

一つ一つ打ち込むことでも答えを出せますが、

関数を使えばより速く答えを出せます。

 

ひとつひとつ打ち込むのと

関数を使うのと

どちらが求める結果に適していると思うでしょうか?

 

おそらく後者です。

 

速くできる方法があるなら

手間をかける意味がないことは無駄とわかっているからです。

 

しかしここを努力を思い込んでいる人がたくさんいます。

 

一度関数を覚えてしまえば関数を使ってこなかった自分が

いかに無駄な努力をしていたかよくわかります。

 

今の自分の努力が本当に必要なものかどうか?

確認する(関数ないか?)を癖をつけることは

重要だといえます。

 

努力は次のように考える人が多いです。

 

目標の実現のため、心身を労してつとめること。ほねをおること。

 

日本人はこういうのが大好きです。

何かを手に入れるために心身ともにクタクタになることを美徳とし

仮に目標が達成できなくてもそこから学べることをよしとする

何事も経験から学ぶことの意識は大切です。

 

失敗から終わりではなく成功するためのステップ

 

この考えでエジソンは偉業成し遂げたわけですが、

実際は「ちくしょーなんでうまくいかねーんだ!」みたいな

ことになっていたんだと思いますw

結果オーライ!終わりよければすげてよしですw

 

話それました

 

最近は「わけもわからずに努力だけしていればいい」という考えは

注目されない傾向にあります。

「何が必要で何がいらないか」をきちんと極め

より確実性のある努力をすることの重要性が問われています。

 

DTMでもなぜ作曲をしたいのか?

そのために何が必要なのか?

という問を明確にしたうえで

やるべきことをやる

 

適切な努力ほど上達の近い道です。

では、次に我慢の意味を見てみます。

ちょっと衝撃ですw

スポンサードリンク

我慢とは?

辛い事を耐え忍ぶこと。という考え方一般的です。

目標達成のために歯を食いしばって進むこと

 

それを努力というのでは?

 

と思う人もいると思います。

 

しかし我慢と努力は違います。

 

「欲しいものがあるけど我慢する」

は停滞です。

それに対して努力は

「欲しいものために努力する」は

前進です。

 

こう考えると努力と我慢の違いがわかりやすいと思います。

 

我慢に精神的美徳を持ち込みそれを努力に置き換えてしまうと

何が起きると思いますか?

 

不満です。

 

不満とは「なんで自分ばかり我慢しなくちゃいけないんだ」となります。

我慢ばかりしていると「なんでオレより(私より)あいつは楽してるんだ!」

と思うようになります。

 

思い当たることありませんか?

 

実は我慢にはもう一つ意味があります。

 

我慢(がまん)とは、仏教の煩悩の一つ。強い自己意識から起こす慢心のこと。

自分を高く見て他人を軽視する心をいった。

 

自分を高く見て他人を軽視する心をいった。

「なんでオレ(わたい)ばかり我慢しなきゃいけないんだ」

「あいつは楽している!」

「オレの(私のほうが)絶対上にきまっている」

だってこれだけ我慢してるんだから、

 

カップルから夫婦、どこでも聴いたことがある話です

なぜ我慢するとこういう感情になってしまうのか

それは慢心から来ていたんですね。

一言で言えばエゴの世界ですね。

 

現在、一般的に自分自身を抑制し、また耐えるという「忍耐」の意味あいで用いられる

「我慢する」は、もともと「我意を張る」などという強情な心意を介した転用で、

近世後期から言われるようになったとされている。

 

 

先にも書きましたが「我慢」という行動は停滞です。

何も考えなくてよい状態にすらなります。

 

子供のころに「我慢しなさい!」と言われませんでしたか?

子供が「どうして?」と聴いても「なんでもよ!」

強制的に思考を停止させます。

子供はそう言われると考えることをやめます。

考える癖をもたない子供は努力の方法がわからなくなります。

 

そしてそのまま成長すると「努力と我慢」を同義語として考えてしまいます。

「こんなに努力してるのに報われない」のはそのためです。

 

だから努力と我慢がごちゃごちゃになっていること自体は

悪いと考える必要はありません。

しかし、我慢と努力の違いを理解できたら

あとは「やりたいこと」を明確にすれば

自分の行動が努力なのか我慢なのかは

すぐにわかるようになります。

 

努力には充実感が生まれます。

我慢には不満が生まれます。

 

 

「努力が報われない」と嘆いてる人

 

それは努力でしょうか?それとも我慢でしょうか?

スポンサードリンク

さいごに

ほとんどの人が知らない我慢という言葉の闇の世界

いかがでしたか?

最近知人の相談で「努力が報われない」という言葉を聴いて

調べた結果でしたが、自分にとっても衝撃でした。

努力と我慢間違えずに使いたいもんですね。

 

明日はDTMの話しますw